methaneのブログ

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ルールを守るとき、破るとき

ルールは何のためにあるのか。もちろん、何かの目的を達成するための手段としてだ。
なのに、何故か、ルールを守る事自体が目的となってしまい、ルールを守る事に「社会人の基本」だの「けじめ」だのといった修飾をつけて、「ルールを守る事=正義」と勘違いする人間が多い。

たとえば、車を運転しているとしよう。ゆるい左カーブに差し掛かった。左には垣根がある。対向車はいない。そのとき、あなたはどこを走るだろうか?

  1. 目的と手段を取り違えた人間は、左車線を普通に走る。そして、いつか、垣根の間から飛び出した子供をはねる。
  2. ルールを「あくまでも手段の1つ」と割り切っている人は、中央線をまたいで走る。その方が、遠くまで見えるし、左から子供が飛び出しても避ける余裕があり、安全だ。この人は事故は起こさないが、そのうち警察に捕まる。
  3. 目的を見失わないが、ルールには忠実な人間は、左車線を走る。ただし、左から子供が飛び出しても大丈夫なようにゆっくりと。そして、後ろに渋滞をつくり、痺れを切らした後続車が追い抜きという危険を冒す。

僕は明らかに2のタイプ*1なのだが、2のタイプは1のタイプと相性が悪い。お互いに軽蔑し合いすらする。
社会で上手くやっていくには、次の4のタイプになる必要がある。

4. 目的が第一だが、ルールに厳しい人に疎まれない程度にルールもまもる人。左車線の右端ギリギリによって、後続車がイライラしない程度にスピードを出す。

*1:この前、スノボの帰りに、安全運転で山を降りてるつもりがアニキに「お前は対向車線攻めすぎ」と言われた